第18回 詩経 小雅 鶴鳴

前回「学而第一(7)」の冒頭は「賢を賢として色に易(か)へ」でした。賢者をアイドルのようにみなすのですから驚きです。

賢者に対する強い関心は、孔子が活躍した時代よりさらに古い時代の詩歌集である詩経にも載っています。今回はその詩経を鑑賞します。

詩経

中国最古の詩集で、黄河流域の諸国や王宮で歌われた詩歌305首を収めたものです。

西周初期(前11世紀)から東周中期(前6世紀)に至る約500年間の作品群が収められています。孔子が生まれたのが前550年ですから、その前の500年となります。孔子の時代から見れば古典です。ちなみに、日本で言えば、縄文時代末期から弥生時代に相当します。作者は、農民・貴族・兵士・猟師といった人々とされています。

本来は詩であり、論語の中でも詩と呼ばれています。

漢の武帝の時代に儒教の経典とされたため詩経と呼ばれます。

詩経に収められた詩は「風(ふう)」「雅(が)」「頌(しょう)」に分類されます。

「風」は国風とも呼ばれ、15の地域(国)の民謡が主です。恋の歌が過半数を占め、その他に、農民の生活の苦しさなどが歌われています。

「雅」は周王朝の宮廷の宴会で演奏された楽章です。長編で荘重謹厳な大雅と民謡風の小雅があります。今回は小雅の「鶴鳴(かくめい)」を紹介します。

「頌」は先祖の廟の祭りの時の楽章で、歌、音楽、舞踏が伴っていたようです。

詩のタイトルの多くは、冒頭の最初の句から二字を選んで題名にしています。

比喩(メタファ)などのレトリックが豊かで、読むのに想像力を必要とします。

その助けになるのが詩序」と呼ばれる「その詩の大意を述べた序文」です。詩経の詩序は後に付加されたもので、漢代の儒教思想が反映されていると言われています。

詩経に由来する四字熟語が知られています。鶴鳴の「他山の石」もそのひとつです。

他山の石

他国の山にある「玉を磨く砥石として使える石」のことで、他国にいる賢者の比喩として使われています。下記の「内磨き砥石」がその例です。

市報松江 2014.10 古代玉作の工具「内磨き砥石」(抜粋)

古代玉作の遺跡からは玉を磨くための各種の砥石が出土します。花仙山(かせんざん)周辺の玉作遺跡ではその多くが当地で産出する石材が砥石として使われています。その中で例外的に、他から持ち込まれた砥石材が、勾玉(まがたま)の内湾する部分を磨く専用の砥石で「内磨き砥石」と呼ばれるものです。(以下略)

 

ここまでの知識を基に「詩経 小雅 鶴鳴」の第二章を鑑賞しましょう。

書き下し文Web漢文大系 と直訳と意訳を並べて示します。

訳・解釈は、平賀他『孔子と詩経』村山『詩経の鑑賞』を参考にさせて頂きました。

詩経 小雅 鶴鳴:第二章

詩序:周の宣王に野にある賢者を求めるよう進言した詩

 

(かく) 九皐(きゅうこう)に鳴き 声 天に聞こゆ

鶴が奥深い沢で鳴いている。その声は天にまで聞こえている。

名声が世に響いている賢者もいる。その名声が天にまで届くくらい知れ渡っていることもある。

 

(うお) 渚(しょ)に在り 或(ある)いは潜みて淵に在り

魚が水際にいる。あるいは、深いところに潜んでいることもある。

賢者は身近なところにいることもある。あるいは、潜んでいることもある。

 

楽しきかな彼の園は 爰(ここ)に樹檀(じゅだん)有り 

人々が楽しむところの園には、大きなむくのきが生えている。

人々が集い、楽しむ場にも、目を引く賢者はいる。

 

其の下には維(こ)れ穀(こく)

その下には榖(こうぞ)が茂っている。

その賢者の陰に隠れて、目立たない賢者もいる。

 

它山(たざん)の石 以て玉(ぎょく)を攻(みが)くべし

他国ではありふれた山の石であろうとも、それが玉を磨くのに使える石なら使うべし

他国では凡庸とみなされている賢者もいる。

そのような賢者を見出し、重用して活躍してもらうべきだ。

 

様々な組織に「活躍の機会を与えられていない有能な人材」がいるのではないでしょうか。他山の石とはそのような人材を指します。

ところが、今の日本での「他山の石」の典型的な解釈は「他人のつまらない行動や、自分とは直接の関係がないものごとも、自分の行動の参考にできることのたとえ」(コトバンク)です。

内磨き砥石の例で見たとおり、玉を磨く砥石にできるのは、それにふさわしい石だけです。つまらない石ではありません。それを、「つまらない」に注目し、強調して解釈するところに賢者に対する関心の無さが伺えます。文化の違いを感じさせられます。

 

今回はここまでです。

注)この記事にある解釈(意訳)は筆者の主観による解釈です。

引用・参照:詩経については以下から一部引用・参照させて頂きました

1. フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』/詩経 

2. コトバンク/日本大百科全書「詩経」の解説