第21回 学而第一(9)

論語を楽しむブログです。このブログの楽しみ方については「第4回」を御覧下さい。

今回は、学而第一(9)です。

学而第一(9)の書き下し文と訳

書き下し文『論語 (漢文叢書)』WIKISOURCE

曾子曰く、終(おわり)を愼(つゝし)み遠きを追へば、民の德厚きに歸(き)す。

 

下村湖人『現代訳論語』青空文庫

 曾先生がいわれた。――

「上に立つ者が父母の葬いを鄭重にし、遠い先祖の祭りを怠らなければ、人民もおのずからその徳に化せられて、敦厚な人情風俗が一国を支配するようになるものである。」

 

本章で目につくのは、葬儀、祖先を祀ることですが、今回は、それらを道徳の実践例とみなして後方に置いて、道徳の根本を前面に出して解釈しました。

 

訳:本ブログの主観読みによる解釈

道徳の根本は「人を大切にし、人との関係を大切にする心」にある。

その根本に基づく道徳は、

その人が生きているときだけに限られるわけではなく、その人が亡くなったときでも、亡くなった後でも、実践することができる。

そのような道徳の根本が社会に根付いていけば、自ずと徳の充実した豊かな社会になっていくだろう。

 

今の日本社会では、葬儀は慎んで行いますし、お盆に代表されるように、祖先を祀るという習慣もあります。その習慣を支えているのは、訳で示した道徳の根本と宗教の死生観です。そこで、この機会に、儒教の死生観についてみていきましょう。

儒教の死生観 招魂再生(1)

古代中国では人を「魂(こん)」と「魄(はく)」で捉えていました。「魂」は精神を、「魄」は肉体を支配する霊魂です。生とは「魂」と「魄」が一体化している状態です。死とは「魂」と「魄」が分離した状態です。「魂」は天に返り、「魄」は土に返りますが、その「魂」と「魄」は呼び寄せることができるものと考えられていました。それが「招魂再生(しょうこんさいせい)」です。儒者はその儀式を担っていました。

それぞれの霊魂が帰ってくる場所(依り代)が「位牌」、「お骨」です。「お骨」を管理する場所が「墓」です。霊魂を引き寄せるのに、お香(お線香)やお酒が使われます。

儒学の有力な学問である朱子学を創始した朱熹(1130-1200)は次のように説明します。

死とは、人間の身体を形成していた気が離散し、魂と魄が分離することである。魂は天に上昇してと呼ばれるようになり、魄は地に沈んで鬼(き)と呼ばれるようになる。これらは次第に拡散していくが、子孫が誠意を尽くして祀ることにより、先祖や亡き親の気(鬼神)は回帰する。

鬼神と災厄と祀り(2)

礼記(らいき)』は儒者達の礼に関する記述をまとめたものです。その中に「衆生必ず死し、死すれば必ず土に帰る、此を鬼と謂ふ」とあります。「鬼」は死者の霊を指します。「鬼」は子孫によって祀られねばならないものと考えられ、祀られる「鬼」は子孫を守護するものとして尊重されました。一方誰も祀る者がいない孤魂や非業の死を遂げた者は厲鬼(れいき)となり、人に災厄をもたらすものとして恐れられました。

このように「鬼」には守護してくれるもの、厄災を招くものという両面がありました。

したがって「鬼神」を祀ることは、国を治める者にとって重大な責務でした。

今の日本でも、戦争や災害で亡くなった方々を追悼する政府主催の式典が開催されます。式典は宗教的に中立な形で行われるよう配慮されますが、慰霊という宗教的な意味も込められていると考える人は少なくないと思います。

孔子と鬼神

では、孔子は「鬼神」についてどう考えていたのでしょうか。論語の中で、孔子は次のように語っています。「現世の親に仕えることができていないのに、鬼神(死後の親)に仕える話などできはしない」(先進第十一(12))、「人としての道理を得るようにつとめ、鬼神には敬意を表しつつ距離を置く。これが知である」(雍也第六(22))。

「鬼神」に対する孔子の冷静な/理性的な姿勢が伺えます。この姿勢を意外に思う人も多いと思いますが、論語を読む際に採るべき姿勢を示唆しています。論語は、道徳(倫理)的側面と宗教的側面を持ちます。孔子が重視したのは前者の側面です。後者の側面、儒教の教えという側面が強調されるようになったのは、孔子が亡くなった後の漢の時代とも言われています。本ブログでは宗教的な背景を念頭に置きつつも、道徳(倫理)的側面から論語に向き合います。それは、孔子の姿勢と重なるものと考えています。本章も道徳(倫理)的側面から解釈してみました。

 

今回はここまでです。

注)この記事にある解釈は筆者の主観による解釈です。

 

参考文献

本ブログでは、様々な文献を参照させて頂き、編集して引用させて頂いています。

主な参照文献を以下に示します。

(1) 儒教の死生観 招魂再生 に関して

加地伸行 他「こころの時代へようこそ 儒教の死生観」

葬仙ネットワークグループ「孔子時代の葬儀エチケット」

中村一基 他「霊魂観の行方」岩手大学

(2) 鬼神と災厄と祀り に関して

長谷川雅雄 他「「鬼」のもたらす病」南山大学